豚骨醤油味噌ラーメン

いろいろ書きます。

あの人の好きな人

 

 

あんまり大声で言えないけれど、わたしは職場の人からおすすめされる本、というものがあんまり好きじゃない。

 

その人のふだんの読書傾向が自分に似ているとか、その人の芸術の好みが似ているとか、そういうことがわかっているといい。

あと、「こういうタイプの作家さんは苦手」ということをお互いに知っているといい。

 

問題は、「仕事をしている上ではすごく気が合うし、テンポも合うけれど、そういえばお互いの趣味とか、読書の傾向も知らない」という人と本の貸し借りをするときだ。

 

仕事をしていると、雑談の最中に、たまに「本が好き」という話になることがあった。

すると、親切な人は、「本好きなんだ、じゃあオススメの本を持ってくるから読んでみてよ」と言ってくれる。

本当に嬉しいし、ありがたいと思うんだけれど、わたしはそういう風にして勧められる本がなぜか「自分の嫌いな作家さんの本」であることばっかりなのだ。

 

わたしは、本を読んで「おもしろい」「おもしろくない」と思うことはあっても、「嫌い」と思うことは滅多にない。

 

「おもしろくない」は別に困らない。「わたしは選ぶことはないだろうな」と思う洋服を着ている人を見かけたときに似ている。わたしは選ばないけれど、それが好きな人もいるだろう、という時に感じる温度が、わたしにとっての「おもしろくない」、だ。

 

では、嫌いとは何か。

それはやっぱり、「近寄りたくない」という感情が入り込んでいる。
「嫌い」になる理由は様々だけど、わたしの場合は、「女を見下してる作家」が嫌いだ。これはべつに男性作家に限らなくて、女性作家にも女を見下している作家はいる。

このご時世、おおっぴらに「男尊女卑」を直接的に書く人はいないけど、「女を見下してなかったらこんな形容詞出てこないよな」というのを感知したらどうしても嫌いになる。

 

世界にはそれこそ膨大な量の本があり、その中にはわたしの読んだことのない作家の本の方がずっと多いはずだ。

それなのにどうして、「わたしが読んだことがある」「その上で好きじゃないと思った」作家の本を勧められてしまうのだろうと頭を抱えてしまう。

わたしが「嫌い」フォルダの中に分類している作家の本を「好意で」手渡されてしまうと、どうしたらいいのかわからなくなる。わたしの好きな作家を相手が好きだからといって、相手を嫌いになる、ということはない。

ただ、その借りてしまった本をどう扱えばいいのかわからなくてたじろぐだけだ。

 

みんなはそういう時に、どうしてるんだろう?
すごく珍しいシチュエーションってわけではないだろうし、誰か「こうすれば、人間関係に亀裂を生じさせずに本の貸し借りを断ることができますよ」という方法を知ってたら教えてください。

 

でもやっぱり、本の貸し借りって本来的にはすごく難しいと思うのだ。

いや、わからない。これはわたしが偏屈で好き嫌いが激しいから難しいだけで、世の中の人たちはもっと朗らかに、愉快に、本の貸し借りを楽しんでいるのかもしれない。

 

これが例えば、「今、〇〇って本が気になってるんだよね」という話をしたら、「あ、それ持ってるよ、貸そうか」という話なら全然違うんだけども。

 

ここまで、「本の貸し借りは難しい」という話をしておきながらなんだけど、でもわたしは「本の貸し借り」自体は好きだ。

 

学生の頃は、自分が本屋さんに行ったとしたら見逃していただろう本を、「これ、絶対あなた好きだと思うよ」と言われて貸してもらって、読後「自分でも買う!」と決意したことも多くあった。そういうときの、自分の世界が柔らかく自然な形でふくらんでいく感じがわたしはとても好きだった。パン生地が発酵していくような。

 

社会人になると、自分の能力は「どこか無理をして伸ばすもの」になっていく。

仕事として読まなければならない本を、「好きじゃないから」と言って読まないわけにもいかない。そういうとき、わたしは、なんだか洗濯バサミみたいなもので頭を挟まれて、無理やり上に向かって引っ張られているような、「きつさ」を感じていた。

 

じゃあ、もう学校のない世界で、「本の貸し借り」ができる関係性を構築できるのはどこかというと、やっぱりブログやSNSなんだろうな、と思う。

 

ただ、ネットって難しいと思うのが、自分の感じている親しみを、相手も感じているのかわからないところだ。

 

どうしてこの話をし始めたのかというと、今朝、好きな作家さんのブログを読んでいたら、ある画家さんの話が出てきた。その画家さんの絵をみてみると、「なんだかいまいちだな」と思い、「好きな人が好きなものを好きとは限らないよなぁ」と思ったのだ。

 

「本の貸し借りをできる」相手って、一体どういう人なんだろう。むずかしいな、と思う。

 

もしかしたら中学生の頃に毎日のように自分の蔵書を交換しあっていたあの子は、すごく貴重な存在だったのかもしれない。