豚骨醤油味噌ラーメン

いろいろ書きます。

『ポジションを取る』とは

日々、『なんとなく避けている言葉』がある。

今日はその話をしたいと思うんだけど、思った以上に前置きが長くなってしまった。

いきなり占いの話から始めるが、最終的には表題の話に結びつくので、読んでいただけたら幸いである。

 

わたしは、かなり内面世界側に深入りしやすい傾向があり、四柱推命の運勢エネルギーも6という非常に低い数字を叩き出している。

 

いきなり運勢エネルギーといっても、四柱推命に興味のない方はわからないと思う。

ネットで「四柱推命 占い」で検索し、自分の生年月日を入力してみると、「命式表」という表が出てくる。

無料で命式表を出してくれるサイトでも、だいたいこの表の一番下に『3』とか『11』とか、数字が3つならび、その合計値が横に書いてある。

この数字は、『十二通星』にそれぞれ割り振られている数字だ。例えば、『胎』は3、『冠帯』なら10、といった具合に。

 運勢エネルギーとは、その合計値のことだ。

 

この運勢エネルギーとは、「運勢のよしあし」を決めるものではなく、「現実世界との結びつきの度合い」を示しているらしい。

 

この値は、『3〜36』まであり、数が少なければ少ないほど、内面世界との結びつきが強く、数字が多ければ多いほど、現実世界との結びつきが強い。現実世界との結びつきが強い人は、地に足をつけて、バリバリと出世したり、世界で活躍したり、人脈を築いたり、そういう方向に向かいやすい。

 

一方、わたしのような数値の低い人間は、外の世界でばりばり活躍するよりも、内面世界を深く掘り下げる方向に興味を抱きやすいという。

 

ちなみに、わたしがかつて占ったことがある人の中で、『6』ほど少ない数字の人は見たことがない。だいたいみんな『10』は超える。

 

運勢エネルギーの少ない人に向いている職業には「専業主婦」と書かれいていることが多い。たしかに今まで、ばりばりと働いていた時期もあったけれど、専業主婦がいちばんしっくりきている。

 

占いを「自分をより深く知るためのもの」と思って付き合うのは楽しいが、「占いに従う」という風になってくると話が変わってくる。

例えば、何か別の流れがやってきたのに、「わたしは専業主婦がいいらしいからずっと専業主婦でいる」と頑なになることは、「占いに従う」ことだ。

人は特に「大切そうな選択」を前にすると、視野が狭くなりやすい。だからこそ、広い視点を持ちたい。「占いの世界」の中に「わたしの世界」があるのではなく、「わたしの世界」の中に「占いの世界」があるのだ。

いつでも自分の人生の主導権は自分が握っていないと、なにかにつけて人のせい、世界のせいにする癖がついてしまう。

自分の選択の責任を、自分以外のものに委ねると一瞬は気が楽になる。けど、結局、そういう選択を続けていると、「自分の人生はいつもコントロールできない」という無力感に絡め取られる。

 

わたしは、もともと、ビジネス書を読むよりも、ユングフロイトなどが『内面世界』について考察した本を読むほうが好きだ。

ただ、現実世界との結びつきがあまりにもないため、「それを仕事の役に立てよう」とか、そういう方向に思考は向かない。ていうか、思いつきもしない。

たまに、「そういうやり方で仕事にするのか」と、実際に現実世界で活躍している人を見て驚くばっかりである。

 

というわけで、わたしはこの『運勢エネルギーの低さ』を自分へのちょっとした注意喚起として思い出すようにしている。

 

最近、内面世界に向かいすぎているから、外で何が起こっているのか、世界の流れをちゃんと見るようにしよう。

 

そして、自分が『ポジションを取る』とか、『バリューを生み出す』とか、『人と関わる』とか、そういう言葉をついつい避けていることにも気がつく。

 

でも、たまにそういう、わたしの内面世界の中にだけ存在していた言葉(つまり、知識として知っているけれど、体感としてわからない言葉)が、急に現実世界に結びつき、「あぁ、そういうことだったのか」とわかる瞬間がくる。

その瞬間は、とても楽しい。

 

昨日、あるイベントに参加した。わたしのTwitterを見れば、どのイベントに参加したのかわかってしまうと思うけど、一応「クローズで」と言われていたイベントなので、明記しないし、その中で話されていたことをまるっと書くつもりはない。そしてもし、わたしが今から書く話が、どのイベントの話か気がついたとしても、感想などに書かないでくれたら嬉しい。

 

その中で、「ポジションを取る」という話が出てきた。

わたしはそれまで、その言葉に「なんか熱い」「なんか怖い」というイメージを持っていた。意識高い系の人がラグビー場で円陣を組んで「よおし、ポジションを取るぞ」と叫んでいるような、そんな感じ。

 

そのイベントの主催の人は、わたしの思考を見抜いたみたいに(実際にはわたしへの話ではなく、他の人へ話していたことだったんだけど)、

 

「物事を、『なんか怖そう』『なんか嫌』という視点から見てると、いつまでたっても、インターネットで行動も起こさず、ただ『なんか怖そう』という視点から、批判を繰り返すおっさんたちと同じ位置にしか立てない。そのイメージをまず捨てて、そこからフラットに、冷静に物事をみろ」

 

と言った。

 

「まずポジションを取れ。自分の理想と、自分が現実的にできることのギャップに気づけ。そのギャップに気がついたら、それを地道に埋めていけ。どんなポジションも、その『超地道な作業』の先にしかない。ポジションに立てば、自ずと責任が生まれる。他人のやっていることに食い込んでいくやり方じゃなくて、『あの人はあのポジションから世界を変えていく』『じゃあ、わたしはこのポジションからどういう風に世界を変えられるだろう』という視点を持て」

と。

 

「あぁ、『ポジションを取る』ってそういうことだったのか!」とぐんと世界が広がるような感じがした。

 

それにしても、「言葉の最前線に立っている」人の言葉って、すんごいパワフルですね。

あの熱量を浴びれただけでも「よかったなぁ」と思う。

 

寝る前にそんな熱量を浴びてしまったので、興奮してうまく寝付けなかった。

ポジションを取る、ポジションを取るかぁ…、とベッドの中でごろごろと寝返りを打ちながら考えた。

 

考えたけど、やっぱり「内面世界から現実世界へ結びつけていく」ようなアイディアは浮かばなかった。

まぁ、焦ることもないから、ゆっくりこれから考えてみようと思う。